難病 SLEの記録

⑥外泊許可

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減薬と外泊

ステロイドパルスのあとに

ステロイドが55㎎から50㎎に減りました

そして、車での移動のみと家からの外出禁止という条件で

1か月ぶりに我が家へ!!

嬉しくて嬉しくて

ウキウキと外へ出たけど・・・

驚くほどに風を感じました

そっか、何気なく感じていた風とか日光って

こんな感じだったのかと思うほどでした

なんの変哲もない縁石をまたぐのに足が上がらないことも

驚きました・・・

車も慣れてるはずの運転が

恐ろしくて恐ろしくて・・・

外界のスピードにすっかり困惑しました

きっと30キロくらいで走ってた
(めっちゃ迷惑)

途中に予約してたケーキを受け取って帰宅しました

息子の遅れた誕生日を祝いたかったのです!

しかし、当時我が家は5階の団地でした

足も上がらないし

30秒で登ってた階段に

3分はかかったと思います

筋力の衰えに恐怖を感じました

先生もよくこれで外出させたよなぁ・・・

帰宅して出迎えてくれた猫に

警戒されて

ちょっと

いや、かなり凹みました

そして猫の顔つきというか

表情も変わっていて愕然としました

すぐに慣れて夜は一緒に寝たけど

顔つきがとても鋭くなっていて

猫にも相当のストレスがかっているようでした

学校から帰宅した息子と

普段の会話をしてケーキを食べたり・・・

1か月ぶりの甘いものは

それはそれはもう

とろけるんじゃないかってくらい美味しかった

翌日夕方にまた病院へ戻りましたが

戻るの嫌なんじゃないか?と思ったのに

逆に早く戻りたかったのです!

それほど体がきつく感じた最初の外泊でした

 

それから2週間ごとに5㎎薬が減りました

パルスも1か月ごとに入院中に3回やりました

が、最初ほど酷い症状にはならかった

でも点滴のピ、ピって音は今でも聞くと

胃がむかむかと吐き気がするようになりました

SLEの勉強?!

暇を持て余している私を見ていて

先生が消灯前に話をしに来てくれるように・・・

普通に雑談だったり

なぜか先生の恋のお悩みだったり?!

私がなんでも知りたい派だったので

先生も一生懸命

SLEの事を

わかりやすく教えてくれたりしました

私のほうがずいぶん年上なのに

時間を作っては来てくれました

たまに漫画を持ってきてくれたりもしました

そして

いつも

今までの患者さんで一番冷静で周りに気を使って

長い入院生活を過ごしてる人だ

凄いと思うと言ってくれました

そう、長い入院生活で神経のほうが

おかしくなってしまう人も

少なくなかったそうです・・・

そりゃね、制限も多いし好きなものは食べられないし

私だって相当なストレスでしたけど

何よりも1日でも早く退院って目標だけで

過ごしてました

お金の話

入院生活が始まって

まず状況を看護師さんに説明した時に

離婚したばかりで子供もいるし常時付き添ってくれる家族も

居ないことを説明しました

それは私にとっては普通の事でしたが

周りを見ているとお見舞いが来ない人なんて

ほぼ居なかったし

自分の孤独な状況はヒシヒシと感じました

入院費はかからないものの、子供にはお金がかかるし

離婚したばかりでも元旦那に子供を頼むこともあり

入院期間は養育費はもらっていませんでした

母には子供の親権などで裁判所行って書類出してもらったり

市役所で事情を説明して色々な手続きをしてもらいました

そんな中、元旦那と母が喧嘩になったり

元旦那がお金が足りないと入院中の私に頻繁に電話してきたり

挙句の果てに

自分の生活もままならないのに自分が子供を引き取るとか

言い出したりと

こっちは治療でキツイ思いをしてるのに

そっちにも神経を使わなくてはならず

入院生活が長くなるにつれて

色々とイライラが募るようになりました

 

自分でできることは電話での手続きくらいしかなく

本当に他人に迷惑をかけるのが苦痛で苦痛で…

2か月目

最初の外泊後は

もう尿の検査もなくなり利尿剤も使わず

本当に朝に薬を飲むだけの入院生活でした

それでも2週間ごとに減薬し、

減薬して異常ない翌週の週末は外泊が許可されました

それが唯一、ストレス解消でしたし

なにもやることのない病院にいるより

帰宅して山のような洗濯物を洗ったり

ご飯を作ったりするだけでも

体力回復には効き目があったと思います

病院にいるときは

次に帰ったら何をしようかとか

退院したら部屋をどう変えようとか

考えることでなんとか気を紛らわしていました

2014/8

真夏も病院で過ごしたため

日焼けせず真っ白な顔でした

毎年サッカー観戦で健康的になってたのに・・・

試合はいつも中継のように

お母さん友達からラインで実況されました

まるで一緒に見ているようでした

中学3年最後の大会は見事に優勝して

大きな大会へと繋げ、私が退院したら見に行けるような日程となりました

御見舞い客は居なかったけど

私にはたくさんの友人の助けがありました

会社の友人も耐えず連絡をくれましたし

普通は4か月も休めないパートの状況の私を

待ってるから頑張りなさいと上司が本社へ掛け合ってくれてました

もし、職を失っていたら

退院しても仕事探しなど急にはできなかったし

難病です、通院してますって採用になることも難しかったでしょう

生活保護になってたら

全てのやる気は失われていたかもしれません

仕事が待ってる!

やらなきゃいけないことがある!!って

思えたから

早く治さなきゃって強く思えたんだと

 

しかし、強い薬を飲み続けるんだもの

もちろん副作用も出ました

次は ~副作用~

 

SLEについて

 

全身性エリテマトーデス(略してSLE)とは、自己免疫疾患である膠原病の一種で難病の1つ。

自己免疫疾患とは、本来身体を守るため外敵と戦う免疫が
何らかの異常をきたし自分の体を攻撃してしまう病気。
もっとも代表的なものとして関節リウマチ。

SLEの症状として、発熱・全身倦怠感・皮膚症状・関節炎・脱毛などの他に
各臓器障害による症状がある。
原因は不明だが、遺伝や環境とホルモンが影響として考えられている。
それは患者の9割が女性で20代~40代に集中しており
妊娠可能時期でホルモンの多い時期と重なるため。

現在、国内にて約6万5千人が医療費助成を受けているが
申請していない・はっきりと認定されていない方も含めると
1万人に1人の割合となる。

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